中学生になったら「おまえの声は、どこから出ているんだ」などと言われました。「大山のぶ代が声を出したら、みんなで笑おう」なんていう変な遊びもはやってしまって…。つらかったですが、早く終わればいいと思って学校に行きました。
そうしたら、母から「このごろ、物静かだけど」と言われ、学校でのことを話すと、「悪いところをかばっていたら、ますますだめになる。声を出すようなクラブ活動に入りなさい」と。お母さんの言う通りだと思い、次の日に放送研究部に入りました。
最初は「マイクで校内に流すような声でない」と、クラスの人に言われましたが、マイクの前で毎日話すうちに、気づいたら笑う人はいませんでした。
結局、自分はおかしくもないのに、だれかがいたずら半分にやったことに、みんなが加わって笑っていたんですね。これは、ひきょうな人のやることよ、といつも子どもたちに話をしています。他人の様子を見ながら笑ったりするのは、自分の心がないんだよ、とよく言うんです。
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大山のぶ代さんが子供だったころ http://www5.hokkaido-np.co.jp/kyouiku/kodomo/050122ohyama/index.php3 |






